【写真で振り返る】鎮海軍港祭(桜祭り)と韓国と桜

韓国伝統

春分の日となりました。

日本であればこの時期、卒業式が過ぎ、春休みへと入る頃ですね。

やはり日本に長いあいだ慣れ親しんで来た人であれば、これからの季節、「桜」のイメージが浮かぶ事でしょう。

今回は韓国の最大の桜祭りと言われる「鎮海軍港祭(진해군항제/チネグナンジェ)」について写真で振り返りながらご紹介します。

※残念ながらこの数年コロナ禍の影響で開催されていません。本来は今年で第60回になるところでしたが、今年もやむなく中止となりました(2022年3月21日現在)。

鎮海軍港祭(桜祭り)とは?

鎮海軍港祭(桜祭り)

진해군항제(鎮海軍港祭)

韓国最大の桜祭りです。桜の本数は30万本を超えると言われています。

【開催場所】 慶尚南道昌原(チャンウォン)市鎮海区(チネグ)

【開催時期】 毎年3月末から4月初旬

鎮海軍港祭(桜祭り)には実に40年以上の歴史があり、通常は国内外から200万人以上の客が訪れ、多彩なイベントが行われます。

< 見 所 >

人気のお花見スポット

  1. 余佐川(ヨジャチョン)…桜の名所として有名。韓国ドラマ「ロマンス」のロケ地にも
  2. 慶和(キョンファ)駅…線路内で列車をバックに写真撮影が楽しめる
  3. 海軍士官学校…桜の美しさで有名。軍港祭期間中のみ自由に立ち入りが可能
  4. 帝皇山(チェファンサン)公園…桜色に染まった鎮海市内を見渡せる

1 .余佐川(ヨジャチョン)

桜の名所として有名です。韓国ドラマ「ロマンス」のロケ地にも!

2. 慶和(キョンファ)駅

特にここは線路内で列車をバックに写真撮影が楽しめるということで人気です!

多彩なイベントなど

  • 韓国グルメが味わえる屋台が出店
  • 様々なイベントや公演が行なわれる
  • 過去には、兵役中のK-POPアイドルが出演することもあったとのこと
  • 市内には軍港祭ゆかりの人物である「李舜臣将軍(イ・スンシン)」のモニュメントも多数

「軍港祭」の始まり

先程、この桜祭りは40年以上の歴史があることをお伝えしました。

この歴史と、そして何故「軍港祭」と呼ばれるかについては、1952年にまで遡ります。

「軍港祭」の始まり

この「軍港祭」の始まりは、李舜臣将軍の像が1952年に韓国で初めて鎮海に建てられ、追悼式を行なってきたことに由来しています。

当初は、追悼式で祭祀のみが行なわれていたそうです。それが年月を経ていく中、規模も内容も発展していき、その結果、現在のような「李舜臣将軍の追悼式」と「桜祭り」を主とする盛大なお祭りへ変化していったとされています。

李舜臣(이순신/イ・スンシン)将軍

李舜臣(이순신/イ・スンシン)将軍とは、文禄・慶長の役で活躍し日本軍と戦った韓国の英雄とされる非常に有名な人物です。

(以下、ウィキペディアより引用)

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李 舜臣(日本語読み:り しゅんしん、朝鮮語読み:イ・スンシン、: 이순신、1545年4月28日明暦: 嘉靖24年3月8日) – 1598年12月16日(明暦: 万暦26年11月19日)[1])は、李氏朝鮮将軍は汝諧(ヨヘ、여해)。文禄・慶長の役において朝鮮水軍を率いて日本軍と戦い活躍した。韓国では救国の英雄とされる。朝鮮内の党争[注釈 1]の影響で李の対立側である元均らの勢力によって、懲罰を受けて兵卒に落とされ一時失脚していたが、軍を率いていた元均が戦死したことで危機感を覚えた朝鮮王によって復権し、日本軍と戦う。最期は露梁海戦で戦死[2]。死後に贈られたは忠武公(충무공)。

ーーーーーーーーーーーーーー(Wikipedia)

私の立場からは本来あまり積極的にお伝えしたい情報ではありませんが、韓国の方は豊臣秀吉のことを基本的に嫌っています。豊臣秀吉といえば韓国からすれば朝鮮出兵(文禄・慶長の役)を行った人物、つまり侵略者となります。

韓国に旅行に来て知った人も多いかもしれません。また、韓国在住者の方も何かのきっかけで豊臣秀吉についての話を聞いたこともあると思います。

逆に、この時に韓国を守った韓国(李氏朝鮮)の将軍・李 舜臣(이순신/イ・スンシン)将軍。この人物は何かにつけ韓国内でよく紹介されます。絵本や歌にもよく登場します。

この流れで、更に心境としては複雑な部分があるものの、いくつか桜についてお伝えせねばなりません。

ご存知の方は多いと思いますが、韓国と桜との関係及び日本との歴史的な面について。

それは、この桜祭りの地・鎮海と非常に関わりがあります。

韓国と桜との関係

鎮海軍港祭についてご紹介して来ましたが、そもそも、鎮海に何故このように桜が多いのか。それには、日本との歴史的な事情が非常に関わってきます。

鎮海と日本との関係

実は、鎮海は、かつて日本統治時代に軍事都市として開発されました。その際、日本を象徴する「桜」が至る所に植えられたといういきさつがあります。

日本から解放された後、どうしても桜は忌々しい歴史を思い出させてしまうという事があり、桜の木は、市民の手によって、ほぼ全て切り倒されました。

しかし、1960年代に入って、鎮海に多い桜の品種である「王桜(ワンポッコッナム)」の原産地が済州島(チェジュド)であることが判明します。また、5〜9代大統領・朴正熙が桜の植樹を指示したこともあり、本格的な植樹が行われるようになっていった為、現在のように桜の数が多い都市となったのです。

また、韓国で現在咲いている桜ですが、その多くは実は戦後に在日韓国人が送った「日本産」のものであると言われています。

これは何故かと言うと、1950年に起きた朝鮮戦争により荒廃した祖国の山林を蘇らせようと日本にいた同胞たちが多くの木を寄贈したからです。その中でも数多く贈られたのが桜だったそうです。

事情を知ると「桜」「花見」に複雑な気持ちとなる

桜祭りという事で今回は鎮海についてご案内して来ましたが、色々ないきさつを知ると何だか複雑な気持ちが生じて来ます。

純粋に「桜」や「花見」などを楽しみにくくなってしまったかもしれません。

筆者も、初めてこのことを知った時には、本来、日本人ならこの季節は「桜」「花見」など、当たり前のように習慣的に湧き上がってくるイメージが、韓国国内では少し変わって来た覚えがあります。

韓国の春の花をご紹介

少し気分を変えて、最後に韓国で馴染みの深い春の花について大きく2つご紹介します。

「ケナリ(개나리)」と「チンダルレ(진달래)」&「チョルチュク(철쭉)」です。

ケナリ(개나리)

日本名:レンギョウ

韓国を代表する春の花で、公園や野山でよく見られ韓国では親しまれています。

写真のような黄色い花を咲かせます。

チンダルレ(진달래)とチョルチュク(철쭉)

日本で言うツツジです。

どうしても「ツツジ=チンダルレ(진달래)」と思いがちなのですが、ある時ふと、家族から「あれはチンダルレ(진달래)じゃない」と何度か言われたんですよね。

見た目は一見分からないのですが、実は、種類と時期などで違います。5月頃によく見かけるのはチンダルレ(진달래)ではないんです。

どういうことかと言いますと、、以下の通りです。

チンダルレ(진달래)

日本名:チョウセンツツジ、カラムラサキツツジ(唐紫躑躅)

開花時期:4月初旬(桜の前に咲く)

特徴:葉が出る前に花が咲く/花弁に斑点なし

チョルチュク(철쭉)

日本名:クロフネツツジ(黒船躑躅)

開花時期:5月初旬(桜が散った後に咲く)

特徴:葉が出た後または同時に花が咲く/3枚の花弁に斑点あり/花の根元の部分を触るとべとつく

終わりに

いかがでしたか。

今回、「桜」「花見」のご案内だけでなく、「桜祭り」の由来や、意外に歴史的な部分でつながっていること、また桜を介した日韓の関係など、知るとなかなか複雑な心境となる内容もご紹介して来ました。

それでも、来年の今頃には全てが落ち着き、鎮海軍港祭が開催されている事、また桜や花見を楽しめている事などを心から願ってやみません。

ライター(enju)

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